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109.瞑想中の火加減

瞑想は、神経に与える刺激を減らして、遮断するという過程を通して、心身ともにリラックスする訓練です。
刺激を減らす訓練は微妙な良い感覚に意識を集中する事により実現します。

人の意識と感情は非常に敏感で、環境により、外部の刺激により変化しています。
瞑想する時、意識と感情が動きやすくて、落ち着いて静かにすることが非常に難しいという事が分かります。
昔の修行者達は「心は猿、意識は馬(心猿意馬)」のように活発に動いていると言いました。
ですので、意念と心を整える事は「鎖心猿栓意馬」と言います。
猿のような心を鎖につなぎ、馬のような意念に栓をするという意味です。

瞑想ができるかできないかの大事なポイントは「鎖と栓」です。
この「鎖と栓」というのは、自分の感情と意識を微妙な感覚に集中していくことです。
瞑想の流派は沢山あるので、方法も沢山あります。
共通点は微妙な感覚に意識を集中する事です。

今回の文章で、もっとも強調する事は、微妙な感覚についても、「粗と細」があるという事です。
微妙な感覚に集中していくと、最初は雑念を減らして気持ちが良いですが、
段々と少し辛くなって、煩わしいようになってきます。

その原因は二つあります。
一つは体内にもっと微妙な感覚が浮かんでくること。
もう一つは、一つの感覚を長く見守っていくと、集中しずらくなるからです。
二つの原因は時々、別に浮かんできたり、時々、混じって起こったりりします。

集中しずらくなった時、以前の感覚に集中しないで、
もっと微妙な感覚に集中していかないといけません。
その前の感覚は「粗」といい、もっと微妙な感覚は「細」といいます。

ここの「粗」というのは集中すると少し辛くなります。
「細」というのは良い気持ちで集中できます。

「粗と細」は練習中に段々変わってきます。
最初の「細」が段々、「祖」になり、その時、代わりにもっと「細」の感覚を探さなければなりません。
続けて瞑想していくと、このもっと「細」の感覚も、「祖」になって、
そうすると、もっと「細」の感覚を探して集中します。

瞑想の過程はその繰り返しです。それも瞑想の火加減という事です。
私達の練習はおおまかにいうと、動作に集中する事から、気に集中する事に変え、
次は気に集中する事から光に集中する事に変え、次には意に集中する事に変えて、
心に集中する事に変えます。

瞑想しながら、火加減の事を体験しましょう。

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