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20.「先天と後天」

本来の言葉の意味は「先天」とは生まれつき身に備わっていること、「後天」とは生まれてからのちに身につけること、という意味です。この言葉は気功の中でも結構使われています。気功においては、「先天」は自然、根本、本質という意味で、「後天」「先天」から意図的、人工的に出来上がった事をさします。

「先天の気」「後天の気」
昔の修行者達は、瞑想をして体の存在感が段々と薄くなれば、宇宙と一体感が得られると言っています。この宇宙と一体になるという感覚は混沌ともいえますし、「先天」ともいえます。その状態を続けていると、体内の気が動きだします。その気を「先天の気」といいます。
心身ともに静かな状態になれば意念で気を動かす事ができます。この意念で動かした気は「後天の気」といいます。私達は呼吸や食事を通して体外のエネルギー(気)を体内に取り入れています。この体内に取り入れている気も「後天の気」といいます。

ところで瞑想をして静かになった時に自然に動いた気は「先天の気」ですが、意念で動かした体内の気も、この外からの気と較べると「先天の気」です。
すなわち、体外から取り入れた気は「後天の気」で、体内にある気は総て「先天の気」となります。体外の気は呼吸や食事だけではなく、五感に影響を与えるものは体にとって良い影響をあたえるのであれば、それは「後天の気」です。「後天の気」も、体内に取り入れて、体内の気の一部になれば、「先天の気」になります。
その時、「後天」「先天」に戻る(「後天返先天」)といいます。

「先天」「後天」
「先天」は意識と気持が安定している状態で、「後天」は意識と気持が動いている状態です。気功の練習では意識と気持の安定を重視し、この安定度で「先天」「後天」を区別しています。昔の人は、生まれる前と後を較べて、胎児はあまり外側の刺激、影響を受けていず、意識と気持が安定しているので、その意味で「先天」といいました。それに較べると、生まれた後はいろいろな刺激を受け、意識と気持が揺れているので、「後天」といいました。又、大人と子供を較べて、子供は純粋、天真爛漫で、意識と気持があまり揺れていないので、「先天」といい、反対に大人は意識と気持が揺れているので「後天」といいました。

しかし、例えばへその緒を切っても、生後もある期間、生まれる前と同じように気持ちが安定している事もありますし、胎児でいる時でも意識と気持ちが揺れている可能性もあります。子供と大人も同じで、子供でも意識と気持が揺れている可能性もありますし、大人でも安定している可能性もあります。
ですからこの区別は大まかには正しいですが、絶対的なものではありません。

気功からみると、緊張感を持って神経を使う事、体が疲れる事、意識と気持が揺れる事など、これらの事は「後天」といいます。反対に穏やかで、健康で、安定している状態は「先天」といいます。「後天が先天に戻る」(「後天返先天」)というのは、練習を通して、緊張感をとり除き、疲労を快復し、元気になり、穏やかになるという事です。

「先天と後天の気」「先天と後天」の区別は、気功においては総て練習から得た体験をもとに考えられたものです。その考え方を本質的に理解しないで、神秘的、或いは、表面的な事柄のみで捉えてはいけません。
ではこれから練習を通して「先天」「先天の気」を探して、「後天」「先天」に戻しましょう(「後天返先天」)。

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