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4.「帰真」について

前々回、「帰真」について説明しましたが、もう一度強調したいのは、「帰真」というのは本当の自分に戻る、本来の自然なままの自分の気持ちに戻ると言う事です。
「帰真」の気持ちを二つに分けて述べると、一つは静かな感覚を享受している気持ちと、もう一つは外部世界に対応する時ゆとりと豊かな感情をもって対応する気持ちです。
静かな感覚を享受している時について私の体験で説明すると、テレビを見ている時、内容は全て分かっていますが、体の中の静かな気持ちはもっと良いですから、その感覚からは離れてはいません。

例えばTV映画がいくら面白くて激しくても、自分の気持ちは心の中の静かな感覚からは離れていません。あるいはどんな危険な事と遭遇しても、静かな感覚から気持ちは離れていません。この静かな感覚と言うのは寂しいのではなく、静寂(静かで、落ち着いていてとても良い気持ち)の気持ちです。このことについて呉中先生にたずねた時、先生は何回も私に言いました。「もっと激しい事を(例えば論文を書く時など)行っても、心が揺れず、静寂な気持ちを変わらず持てればもっと素晴らしいです。」その気持ちを昔の修行者達は「泰山の安きに置く〔どんな事が有ってもくずれない態勢に安定させる〕」とあらわしました。私もその経験があります。車が衝突しそうになる瞬間でも(実際には衝突はしませんでしたが)、その静寂な気持ちは崩れていませんでした。

では、もう一つのゆとりがあり豊かな気持ちの説明をしましょう。
常に静寂な気持ちを持っていると外部の物事に対応する時、もっと豊かでゆとりのある気持ちで対応できます。気功を練習して長く瞑想すると外部の物事に応じる感情もなくなる人達がいますが、それは昔は座禅の病気の一つ(枯座禅)と言われていました。本当の静寂な気持ちを得ると、気持ちがもっと豊かになって度量が広くなりユーモアもでてきます。
例えば誰かによい事がおきたら、純粋に喜んであげます。誰かが災難に遭えば、共に悲しみます。しかし、その感情におぼれるのではなく、静寂の気持ちを持っていれば、感情をコントロールできます。そうすると気持ちの切り替えがたやすくできて、気持ちが豊かになります。ユーモアもでてきます。この気持ちの切り替えをたやすくできると言う事は物事に執着しないともいえます。静寂な気持ちがあるから執着しない。執着しないから気持ちの切り替えがたやすいのです。
ここの「静か」「執着しない」「切り替えがたやすい」という言葉は、同じ状態の気持を異なる表現で言い換えているだけです。

「帰真」の気持ちを二つの気持ちにわけて説明しましたが、実は一つの気持ちの
両面性なのです。だから静寂な気持ちと豊かな気持ちは一体なのです。
その気持ちの両面性を昔は「中和」と言う言葉で表現しています。
「中」と言うのは豊かな感情と、感情の切り替えがたやすいと言う事。
「和」はいろんな感情が出る前の静寂な気持ちです。

さて、気功を練習した後、以上のような感情が浮かんでくるかどうか、皆さん、チェックしてみましょう。

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