35.修業を積んでいる人の話は、説得力があります。

今年の初め、説法会の講座に参加しました。
講師は時間をかけて仏様についていろいろな話をしました。
仏様は、一番円満で、欠点がなく、最高であり、説明できないものです、というような話をしました。聴衆の殆どは仏教信者だったので、畏れの気持ちで聞いていました。
でも私はその説明には実体がなく空しく感じました。
確かに仏様という概念は、普通の人に理解しにくい部分が多いです。
でも全く説明ができないのなら、何のために講座を聞きにくるのでしょう。
どうして仏教を勉強しなくてはならないのでしょう。
例えばお茶の販売会で、お茶についていくら説明を聞いても、説明だけでは本当に味が分かるとは言えません。
でもある程度、お茶の特徴、味を説明することで、聞いている人達の購買意欲を高める事はできるでしょう。

説明ができないということを聞いて、私は上海の先生と初めて会った時の会話を思い出しました。
先生は「仏様とは気持の事を指しています。仏様は穏やかで悩みのない気持、あるいは執着のない気持です。それは人間が本来持っている気持です。お釈迦様は人間です。お釈迦様は練習を通してその気持ちを得た人間です。」
言葉は簡潔ですが、今でも心に強く残っています。
その後、先生が語ったこと、教えたことはすべてその気持を得るための教えでした。
一度もぶれることがありませんでした。
体験あるいは修業を積んでいる人の話は、説得力があります。

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34.私なりの「三調」

気功では「三調」という言葉がよく使われています。
本来の「三調」の意味は、練習前に体をリラックスさせ、呼吸を整え、意識が乱れないようにすることです。
しかしながら現在では、気功の練習そのものを「三調」といっている場合が多くみられます。気功練習の最初から最後まで、体、呼吸、意識の練習が重要なポイントだと考えているからです。

しかしここでは私なりの「三調」を説明していきたいと思います。
私は初歩から深い所までの気功練習を三段階に分けました。
各段階には練習のポイントがあります。
第一段階では、運動、あるいは動功がポイントです。
第二段階では、気を活性化することがポイントで、
第三段階では、穏やかな気持ちを見守っていくことです。

練習は整えるという意味もあるので、私は三段階の特徴をまとめて「三調」という言葉をつけました。
一段階目は「粗調」で、二段階目は「細調」、三段階目は「微調」です。

「粗調」は体を動かす運動です。
この段階の運動はこっているところをほぐして、筋力、体力をアップして、体質を改善することです。
ここではゆっくりと柔らかく、時間をかけてある程度の運動量が必要です。
激しい運動を短い時間で行うのではなく、緩やかな運動でやや長めに行います。

「細調」は気を活性化させる事です。
「粗調」である程度体質が改善され、体力がアップすれば、次の段階の気を活性化することにすすみます。
体内の気が活性化し始めてから体内に気が充満するまでの過程では、気の感覚ははっきりと感じられますが、同じではありません。
この状態は会報31号の「気功の入門の段階と初禅について」に書いてあります。

「微調」は、穏やかな気持ちを見守っていくことです。
気が活性化してから、穏やかな気持ちを守っていくことは気功伝統の正道です。
それは練習以外での生活環境や習慣、気持ちの持ち方、物事への考え方とも深くかかわっています。(会報29号、30号などに書いてあります) 

第一段階の運動は比較的感覚が強いですが、練習の初歩の段階なので「粗調」と名づけました。
第二段階の練習では、気の感覚は運動の感覚ほど強くはありませんが、練習の深さは一段階目よりも深くなっています。これを「細調」と名付けました。
第三段階の練習は一番深さがあって微妙なので、「微調」と名付けました。

「粗調」、「細調」、「微調」といっても、絶対的に分けられるものでなく、
運動の中にも気が活性化することがありますし、気持ちを安定させる事にもつながります。気が活性化することはミクロからの体の運動ともいえます。
気が活性化すると気持ちがもっと安定します。
穏やかな気持ちを見守っていくと体内の気が充満し、体が改善することともつながっています。

気功の練習では初段階から深いところまで、三つのポイントが含まれていますが、ただし第一段階では「粗調」を重点的に行い、第二段階では「細調」を、第三段階では「微調」を重点的に行います。

気功練習(流派にかかわらず)の過程と段階について、分かりやすく説明したいので、私なりの「三調」を述べました。参考になれば幸いです。

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33.劉先生の命日に思うこと

明日は劉先生の命日です。時間の流れは早いですね。
5年前に先生が亡くなられた事を聞いた時のショックは今でも覚えています。
劉先生は禅密気功を広げることをずっと望んでいました。この事は私たちが続けていかなければならないと重く受け止めています。

約20年前、劉先生は私に「禅密気功を日本に広げることはいろいろな困難があるだろうけれど、必ず広げられる」と言いました。その言葉が今でも耳に残っていて、励みになっています。
劉先生が亡くなられてから、築基功の真髄をまとめて自分の経験と合わせて「背骨ゆらゆら健康法」という本を出版できたのも、その先生の励ましのお陰だと思っています。今後もいろいろな功法の真髄をまとめて、発表していきたいと思っています。

20数年まえ、中国で初めて気功がブームになったとき、禅密気功は大変深さがあるという評判で、かなり深く勉強した人たちが大勢いました。そのことを考えてみると、日本ではまだまだ広げていかなくてはならないと思っています。これからは全力を尽くして気功の真髄を世の中に紹介していきたいです。この「朱剛気功話」もそのひとつとして、これからもできるだけ皆さんの健康の役に立つようなことを書いていきたいと思います。

劉先生「安息(安らかで幸せ)」してください。

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32.健康な心

気功は心身を健康にする健康法であることはよく知られています。
心身の健康についての説明はいろいろありますが、
ここでは心の健康について改めてお話したいと思います。

肉体がある限り、環境に影響を受けて生じる喜怒哀楽の気持ちが必ずあります。
それとは別に、人間が本来持っている、穏やかで落ち着いた気持ちもあります。
二つの気持ちがどのように混ざっているかで、健康な心、あるいは不健康な心に分けられます。

二つの例をあげてみると、ある人は大変な悩みを抱えています。
それでも、落語を聞いてみました。聞いた時は笑っていましたが、終わった後はまた、悩みを思い出して苦しんでいます。

もうひとつの例は、修行者は基本的に落ち着いてはいますが、たまに怒ったり、苦しむ事もあります。
でも根本的には、物事にこだわらないので、長続きはしません。
気持は穏やかで落ち着いています。

前の例では、この人の気持ちはほとんどが苦しいという感情で占められています。
笑うとか、他の気持ちがあっても、その気持ちは持続しません。
次の例では、気持は基本的には、穏やかで安定しているので、喜怒哀楽があっても、すぐに元の気持ちにもどります。

健康な心というのは、悩み、苦しみ、怒り等の気持ちが絶対にないということではなくて、あっても、早めに気持ちを切り替えて、穏やかで落ち着いた気持ちに戻れるということです。

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31.健康的に痩せる

1. 毎日体重を測る
毎日体重を測るようにすると、痩せようという意識が強くなります。その意識を持つ
と、食事や運動、日常生活の行動をその意識に合わせて行えます。常に体重を測
っていると、自分はどういう原因で体重が増えるのか、そして、どのような食品をど
のくらい食べると、体重に影響が出るか分かってきます。
ただし、自分の体重に過敏になりすぎてはいけません。極端な場合、拒食症になる
恐れもありますので、その点は注意が必要です。
2.食事
健康な体重を維持するために、食事は重要なポイントです。昼食はなるべく30分か
1時間遅めに、少し量を多めに食べるようにすると良いでしょう。夜の食事は食べな
くても足りていると思いますが、でも、人間の習慣と楽しみがありますから、なる
べく夜の食事は7時前、遅くとも8時前には終わるように、量は少なめに、または、
ご飯や肉などのカロリーの高いものは、避けて摂るようにすると良いと思います。
朝ご飯は少し多めに食べると良いでしょう。
以上の話は原則論ですが、自分の生活スタイルに合わせて、調節していきましょう。
3. 適度な運動
健康的に痩せる為には運動は重要です。運動をすると、全身の気が活性化されて、
新陳代謝が良くなり、余分にたまった脂肪が燃焼します。でも、適度な運動が大切
です。より高く、速く、強くなるための運動の場合は、健康を害してしまうことも
あります。全身の気を活性化するためには、運動の強さは自分の能力の5割程度、
つまり、軽く汗ばむ程度の運動が最適で、それを有酸素運動と言います。優れた有
酸素運動が沢山ありますが、ここで皆さんにすすめたいのは、背骨で全身を動かす
という築基功です。
この運動の特徴は、胴体の部分の運動です。一見動きは柔らかくみえますが、実
は、かなりの運動量があります。人間は腹部に脂肪が一番たまりやすいのですが、
脊椎を動かし、たまりやすいところ(下腹部など)の脂肪を直接動かすことによ
って、効率良く燃焼させる効果があります。1回30分を目安に朝夕、1日2回練習
することが理想です。築基功のメリットは他にもたくさんありますが、健康的に
痩せるための効果をここではお話ししています。

以上のことは、私が毎日実践して体験していることですので、自信を持ってご紹介
できます。どうぞ皆さんも体験して下さい。

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30.瞑想の最初の段階は緊張とほっとするような気持ちの繰り返しです

瞑想時に雑念がおきると、共に気持ちは揺れます。
気持ちが揺れるということは、同時に気持ちが緊張するということです。
心理的なものと生理的なものは繋がっていますから、気持が緊張すると、みぞおちのあたりの筋、筋肉が緊張して硬くなります。

意識を集中するところに戻すと、気持ちも緊張するところからほっとするところに戻ります。この集中するときのもうひとつのポイントは、意識的に緊張している気持ちを緩和させて、みぞおちの緊張感を緩めます。そうするとすぐにほっとする気持になります。
その「ほっとする気持ち」を例えるなら、大事な物を無くして悩んでいたら、それが見つかって、ほっとして安心する、という気持ちと同じです。その気持ちに戻ると雑念もすぐになくなります。
例えば、火から煙が出て上昇しています。煙を無くすためには火を消さなくてはなりません。火を消すと煙は全部無くなり、空気はきれいになります。
ほっとする気持ちに戻ることは火を消すことで、煙が無くなることは雑念が無くなること。空気がきれいになるということは気持ちが落ち着いて静かで楽になることです。
この例は火が原因で煙が結果ということを示しているのではなく、単に感情と気持ちがほぐれると、雑念もすぐになくなるということをいっています。

瞑想は戻っていったその穏やかな気持ちを維持することです。
でも人間はいろいろなことを記憶していますから、しばらくは穏やかな気持ちになっていても、雑念が浮かんできて、また気持が緊張して、みぞおちも緊張してしまいます。その時、早めにその状態を認識して、前の状態にもどるようにします

ですので、瞑想を始めた段階では、緊張感とほっとするような気持ちを繰り返します。瞑想の良い状態になると、ほっとする気持ちを長く維持できて、瞑想が終わってもその気持ちが続きます。その気持ちを持ち続けると、全身の毛細血管が開き、細胞が活性化して、気が活性化し、免疫力が高くなり、同時に物事に対応する時に気持ちの柔軟性が高まり、性格が優しくなります。
では瞑想の時の緊張感とほっとする気持ちを練習を通して体験してみましょう。

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29.背骨の運動

背骨で全身を動かす事は禅密気功の基本であり、一番大切な事です。
どんな功法を練習する時でも、先ず背骨で体を動かしてから練習を行います。禅密気功の上級功法を練習する場合でも、一番基本である背骨を動かす事はいつも含まれています。「陰陽合気法・人部」のように長い時間をかけて練習する功法も、最初は背骨で体を動かしますし、長い瞑想の間にも時々、背骨の運動を行います。

背骨の運動の特徴と効果
現代の人達は昔と較べると、車、テレビ、パソコン等の普及により、運動量が減っていて、新陳代謝が落ちている、筋、筋肉が凝っている、体力が落ちている、筋力が衰えている、などの現象が多くみられます。
「築基功」という背骨を動かす運動は、上記の問題を解決するには最適な運動の一つです。
何故ならば、
1. 普通の運動は手足を多く動かしますが、築基功は背骨を中心とする運動です。
背骨を動かす事によって、内臓を動かし、マッサージするという効果があります。そうする事で脳髄液の循環を高め、中枢神経を活性化し、結果として新陳代謝を高める事ができます。新陳代謝が落ちるといらいらしやすいし、自信がなくなってストレスが溜まりやすくなり、特に女性は冷え性、頭痛、生理不順などの様々な症状がでてきます。背骨で内臓を充分に動かす運動により、有酸素運動の効果が得られ、上記の症状を改善する事に役立ちます。

2. この運動は、外見は柔らかく、運動量も少ないように見えますが、実際に行ってみると、激しい運動ではありませんが、胴体部分の運動量は結構あります。20分以上続けて練習すれば、汗ばんできて、体力アップを図る事ができます。

3. 人は体を動かさないと筋、筋肉が段々凝ってきます。この凝っている部分は殆どの場合、首、肩、背筋、腰、股関節など、背骨の両側です。背骨で体を動かす運動はちょうどこの凝っている部分を大きく動かすので、凝りをほぐすにはとても効果的です。

4. 背骨で全身の筋、筋肉を伸ばす事によって筋力をアップする事ができます。

しかしながら、背骨で全身を動かす動作で充分な効果を得るには、練習する時にいくつかのポイントに注意しなくてはなりません。
背骨の運動の注意点
1. 背骨で全身を大きく動かす
動作を大きくすると、内臓、筋、筋肉、骨、関節を充分に動かす事ができます。
動作が小さいと、内臓等は動かせますが、運動量は充分ではありません。

2. ある一定時間、持続させる
運動の効果を充分に得るためには、一定量の運動時間が必要です。運動の時間
と運動量は比例しています。初心者、体力のない人は15分程度からスタートして、序々に30分程度に伸ばしていきます。体力がついてくれば、30分以上続けて練習したほうが良いでしょう。そうすれば、かなりの運動量になり、さらに健康になります。1回の練習時間は1時間以内で、きつくなく、少し疲れる程度でやめましょう。回数は1日に朝、昼、夜の3回できれば理想ですが、1回だけでも、毎日続けるとかなりの効果がでてきます。

3. 動作を大きくするだけではなく、少し力をいれて、筋、筋肉を伸ばす
今、凝っている部分は、以前から症状があって、長年にわたって凝っている部
分が大きくなって、現在の症状になっています。ですから、柔らかく動かすだけでは足りません。力をいれて、その部分の筋、筋肉を動かすことが必要です。

4. いろいろな角度からその凝っている筋、筋肉を動かす
背骨で全身を動かす時、いろいろな新しい動作を探して、新しい角度から筋、
筋肉を動かすことが必要です。 初心者は自分では自由自在に動いていると思っていても、実際には充分でない場合が多いので、特に気をつけましょう。
築基功をまとめた動きは蠕動です。この蠕動には様々な動作があり、劉先生は「千変万化」といいました。
凝っている部分は大体、あまり動かしていない部分が多いので、動作を大きく、又いろいろな角度で動くように注意します。動く時には常に新しい動作を探します。新しい動作を行う時には、どこが凝っているかを探し、どうすれば凝っている部分を一番効果的にほぐす事ができるかを、動きながら観察します。そうすると効果がでてきます。いつも同じ動作で体を動かし、体内の感覚も探さないで動いていると効果は薄いです。

背骨の運動による効果の過程
では、最後に、背骨で体を動かす事によって得られる効果の過程について述べましょう。通常の生活では動く時には痛いところや凝っているところを無意識に避けて動いていますが、練習の時には意識して凝っている部分や痛い部分を探して、少し力をいれて動かすようにしなくてはなりません。

そうすると
1.最初は痛くて嫌な気持ちでも、次第に痛くて良い気持ちになります。

2.続けて練習すると、この痛みの感覚が緩和されます。凝っている部分の面積も
次第に小さくなります。自分の筋、筋肉の感覚を観察しながら練習すると、その感覚が分かるようになります。

3.もっと続けて練習すると痛くて凝っている部分は筋の一部分だけに残って、そ
の筋を大きく動かすと、痛くて良い気持ちが出てきて、もっと引っ張ると痛みがなくなります(カクンと体内で音がする場合が多い)。その感覚が出てくれば、殆ど治る状態になっています。

4.さらに練習を続けると、体についている脂肪が少なくなって、筋肉が絞られてくる事を感じる事ができます。そうすると体が軽く感じられます。その軽い感覚は例えれば、冬の間、厚着をしていても慣れているので重いと思っていませんが、春になって薄着になると体が軽く感じられる、というような感覚です。動きたいような気持ちが出てきます。体力に自信を持てるようになります。物事に対応する時も前向きな気持ちで取り組めるようになります。

以上は背骨で体を動かすという運動について、その効果、注意点、効果の経過について述べましたが、皆さんご存知のように気功の真髄は意念と気持ちの訓練です。背骨の動きと意念、気持ち、全身の気に関しては、以前いろいろな文章で述べていますので、それらを参考にしてください。

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28.動功について(その2)

5.動功と静功の関係 
静功は気功の中で真髄的な部分であり、対する動功は気功の中の基礎であり重要なものです。もう少し詳しく説明すると、動功は全身の気を活性化し、皮膚、筋など体の外側から気を活性化して体の内側にいきます。静功は体の芯から気を活性化して、体の外側に広げていきます。静功の静かな練習によって、体の深層の気を活性化する事ができます。動功と静功を上手くあわせて練習するとより健康になります。例えば肩凝りや腰痛など筋、筋肉の病気には動功をより多く練習し、内臓の病気、慢性病には静功をより多く練習して、体質の改善には動功を多く練習し、精神の健康のためには静功をより多く練習すると良いでしょう。

そうはいっても動功と静功を分けて考える事はできません。以前書いたように、動功の中に静があり、或いは気、意念、気持の訓練があります。静功の中に、体の姿勢、バランスの維持などの訓練もあります。広い意味で体を動かさなくても筋、筋肉の訓練であれば、それも動功ではないかと思っています。

同じく他のスポーツを行っても、次ぎに体内の意念、気持の訓練と繋がりがあれば、それも気功の動功といえると思います。例えば気功の練習をした人間が他の運動をしていると、体内の気の流れの感覚が分り、それと併せて運動する場合があります。その場合、その運動は気功の動功ともいえるでしょう。ここで思い出す例があります。上海禅密気功の責任者であった沈先生は、ある時期ダンスの練習をよくしていました。先生によるとダンスの音楽のリズムに併せて、体内の気が動く事を観察する為にダンスの練習をしていると言っていました。その時のダンスは気功の動功とも言えるでしょう。反対に気功の動功を行っていて、外見上はそうであっても、気、意念、気持の訓練と繋がらなければ、動功とは言えないと思います。

実際には動功と静功を絶対的に区別する事はできません。動功をしている時、気、意念、気持の訓練もあり、静功を練習する時、筋、筋肉の訓練もあります。
特に站(たん)椿(とう)功(こう)は動いてはいませんが、筋、筋肉はかなり使っていますので、静功より動功だと思います。

昔は動功と静功という区別はなく、外練、内練という区別をしていました。「外練筋筋肉皮、内練精気神(精は体内のエネルギー、気は活性化して健康のために動いている、神は元気な精神)」。外は筋、筋肉、皮の訓練で、中は精、気、神の訓練と言う意味です。私は外練、内練という分け方が動功、静功よりもいいと思っていますが、一般的には動功、静功という区別の方が普及しているのでそれでもよいと思います。
  
6.動功の火加減
① 動功の強弱の火加減 
動功の特徴(長所と短所)により、動功を行う時は練習する人の体質にあわせて
練習する事が大切です。始めて練習する時は動功からスタートするか動功を多め
に練習します。年配の人、体の弱い人、内臓に疾病のある人は柔らかい動功から
始めるとよいでしょう。若くて丈夫な人は強めの動功から行うと良いでしょう。
座りっぱなしの人は下半身、密処、股関節の辺りを大きく動かして、パソコンを
使う人は首、肩、肩甲骨を多めに動かします。自分の体にあわせて、動功を行う
事が大切です。朝の練功の時は静功から始めて、その後、動功を多めに練習しま
す。夜の練功の時は動功から始めて、静功を多めにします。これは自然のエネル
ギーの動きにあわせて練習すると言う意味です。
   
ここでの強めの動功というのは無理矢理体の極限まで練習すると言う事ではなく、又、柔らかい動功というのはゆっくり連続して楽しく動かす事です。

② 強い動功の火加減
適度な運動量と、ある程度の我慢をして練習する事が効果をうみます。動功を練習する時、疲れや痛みが出てきても、そこを我慢して、更に練習を続ければ一層の効果を得られます。動功で疲れが出てきても、それを乗り越えて練習を続けると、体力がアップします。こっているところの痛みが出てきても、続けて練習すれば、ほぐす事ができて、更に効果が上がります。ですので、適度な運動量が必要です。運動量が必要と言っても、徐々に増やす事が大事なことです。やりすぎると却って健康を害します。気持も嫌になって練習への興味と自信をなくしますので、自分の体の状態にあった運動量を行います。

③ 柔らかい動功の火加減
まず動功の動作に馴れるように練習する事が大切です。「動かす」から「動いて
いる」になる事です。次ぎは「動いている」動作と併せて体内の気を動かす事です。最初、気の感覚が出ていない時は、気が出ているように思い込んで、意念を動かします。ここで大事な事は、気功態の状態(体の内外からの刺激がない状態、夢うつつと似たような状態。気功態については会報を参照して下さい)で、思い込む事です。続けて練習すれば、体、気(光)、意、心が一体になります。それについての説明は今まで多くしてきましたので、参照して下さい。

強調したい事は気功の動功の練習も大変大事だという事です。
自分は上級者なので動功は基礎部分だから必要でないと思われる人がいるかもしれませんが、基礎部分であっても常に練習する事は必要です。上級者でも体がだるくなったり、疲れたりしますので、動功の練習は必要です。                       では、禅密気功の動功の練習を通して気功の良さを身につけましょう。   

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27.動功について(その1)

一般的には気功の練習では動きがあるか否かで、動功と静功に分けています。今まで静功については練功中の各段階の感覚、特徴等について比較的細かく説明してきましたが、今日は動功について説明してみたいと思います。

今回は、1.動功の必要性、 2.動功の長所、 3.動功の短所、 4.静功の長所、 5.動功と静功の関係、 6.動功の火加減 のうち、1~4迄を掲載します。

1.動功の必要性
体が弱いと気持が落ち込みやすく、雑念が生じやすくなります。筋、筋肉が凝っていると、静功の訓練の邪魔になります。やっと気持が静かになっても痛む部分が余計に刺激されて、静かな気持の邪魔になります。筋力が弱いと、体は静かな瞑想を支える事ができません。又、長く座り続ける事ができず、やっと静かな境地になっても、その気持を長く持ち続ける事ができません。動功は筋、筋肉を動かす運動ですので、動功の練習を通して体質を改善し、凝っている筋肉をほぐし、筋力を強くする事ができます。

2.動功の長所
① 動功は体を動かす運動ですので、それによって体質の改善ができます。
体質が改善されると、元気になって前向きな気持が出てきて、そうすると集中力も増します。
② 動功によって筋、筋肉の凝っている所をほぐす事ができます。
静功の練習によって、凝っている部分や痛い部分を改善する事はできますが、年数がかかります。肩こりや筋肉、筋の疾病についてはやはり動功を行う方が早く改善する事ができます。
③ 動功によって体力をアップする事ができます。
静功では殆ど座って瞑想を行います。瞑想中はリラックスしているといってもある程度の体力が必要です。長く座っていると、疲れてきて長く座れなくなります。動功を練習すると体力がアップし、もっと長く座れるようになります。
④動功を練習すると全身の気が活性化し、新陳代謝が良くなります。
全身の気が活性化した状態で静功を練習すると、より効果を得られます。

3.動功の短所
動功は素晴しいですが、気功という健康法の練習には動功だけでは足りません。
① 動功は身体を動かしますので、動く感覚が意識と気持に刺激を与えます。その刺激が原因で意識と気持がより深く安定する事ができなくなって、深層にある繊細な気を活性化する事ができません。
② 動功によって全身の気が活性化しますが、活性化された気は総て体の健康のために使われるのではなく、運動の強さにより相当部分が動功の運動そのものによって消耗されてしまいます。
③ 動功は筋、筋肉の疾病に効果があり、内臓に良い影響を与えますが、内臓の慢性病を改善するには動功だけでは足りません。
④ 動功によって体が強壮になり、元気になりますが、それだけで必ず長生きするとはいえません。気功では、生まれてから死ぬまでの呼吸の数と心拍の数や、胃や内臓の運動量は大体決まっているという考え方があり、常によく動かすと寿命が短くなると言われています。医学的には証明されていませんが、心身双方を養うには動功だけでは足りない部分があります。

4.静功の長所
① 静功は意識、気持を静かに穏やかにする練習ですので、それによって全身の深層の気を活性化する事ができます。
② 意識と気持が静かになると、邪魔な刺激がなくなり、他の為にエネルギーを使う事がないので(例えば運動や仕事など)、体内のエネルギーは総て自分の健康の為に動きます。全身の気もそれに併せて流れていきます。ですから体内の気は健康のためにもっと有効に流れていくのです。
③ 静功と言う健康法は体内のエネルギーをなるべく消耗せず有効に動かすので、静功の練習を通して長生きする事ができます。 (会報38号2006年8月より抜粋)

次回に続く

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26.「無」と「空」

「無」「空」は練習の高い境地であり、練習の目標であると知られています。
「無」「空」の関係についてはあまり論じられていないので、ここで述べてみたいと思います。
「無」は練習する時、現実の感覚がなくなるという現象であり、「空」は持っている様々な感情が練習を通して無くなって、すっきりする状態を表しています。

1.「無」について
瞑想を深く行うと、現実の感覚(物理的な感覚)はなくなりますが、かわりに気の感覚、空中浮遊のような感覚が浮かんできます。これが「無」です。それは仙人のような気持ちといいますし、「禅悦」ともいいます。昔は仙人というのは、その境地を常に持っている人の事をいいました。
「無」を続けるといろいろな道に分かれます。超能力を望めばその方向の感覚が鋭くなります。癒す道を選べば気功師になります。そして「無」を見守り続けていく道もありますし、「無」の中に「空」の感覚を探す道もあります。
例えば現実社会で運動にはテニスやサッカー、水泳など様々な種目があるように、気の世界でも様々な道があります。
目的を明確にしないと気功の世界で迷って、道を見失う事が結構あります。

2.「空」について
瞑想を深く行うと現実の感覚がなくなる一方、感情も段々薄くなってなくなります。これが「空」です。人間は刺激を受ければ受けるほど感情が生じ、そしてその感情が積み重なります。積み重なっている感情は必ずしもストレスや落ち込んでいる感情だけではなく、嬉しいとか幸せな感情かもしれません。
この「感情が無くなる」というのはロボットのように無感情になるという事ではなく「月夜に、森の中、池の側をのんびりと散歩している」気持ちになる事です。引っかかるものは一つも無く、こだわらない気持ちの事です。ですので、感情が無いのではなく、却って活き活きとして、鮮やかな感情を持つようになります。

3.「無」と「空」の関係
仏教系修行者の目標は「空」ですが、基本は「無」を通して「空」になる事です。
何十年も生きているうちに人には積み重なった感情がかなりありますので、「無」という練習を通して、感情を発散します。残るのは薄い良い気持ちだけになります。その気持ちの中の落ち着いてリラックスした気持ちを探し続けていけば、「空」にたどり着きます。
「無」はまだ最高の境地ではないので、「空」を求めるから「無」の練習は必要ない、という人達もいますが、これは大間違いで結局「無」の境地にもいけませんし、口先だけに終ります。中国の宋時代以降、そういう人達が多くなり、「無」を通して「空」を求める人は少なくなりました。
本当の「空」を求める人達は「無」の練習を大事にするべきです。

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25.呼吸に集中する事から瞑想に入る良さ

呼吸に集中する事によって瞑想に入る功法は、殆どの場合、呼吸の数を数える事から始めるので「数息観」と言われ、それには6つの段階(或いは方法)があるので「六妙門」(ろくみょうもん)とも言われます。瞑想には流派が沢山あり歴史も長いですが、「数息観」は2,000年にわたり大変効果がある功法の1つと言われてきました。なぜならば、呼吸に集中すると瞑想に入りやすいからです。

ここでは呼吸に集中する事から瞑想に入る良い点を説明していきたいと思います。
以前にも言ったように、瞑想とは意識と気持ちを安定させる事です。意識と気持ちが安定して落ち着いてくると、心身双方の緊張感がほぐれ、毛細血管が開き、細胞が活性化して気のめぐりが良くなります。
しかし、意識と気持ちを安定させる事は容易ではありません。外側には五感を刺激するものがあり、内側には眠気と雑念があるので、常に揺れて動いています。この揺れる事を昔は猿と馬に例えています。

意識と気持ちを安定させるには、先ずは一つの物事(音、色、匂いや、体の感覚等)に集中する事です。
人間は様々な刺激を受けていますが、集中する事自体も1つの刺激を受ける事です。
1つの刺激に集中していくと、他の刺激があまり感じられなくなります。
しかし、その刺激が強すぎると集中はできますが、意識と気持ちは揺れて落ち着きません。
例えば、激しい音楽に集中したり、激しく動いている物に集中する事など。
逆に、刺激が弱すぎると、他の刺激が邪魔をして集中できなくなります。
例えば、初心者が体内の気に集中する、或いは「無」に集中する事などです。

呼吸は、瞑想にちょうど良い刺激です。ここの呼吸というのは、気持ちが落ち着いている時の呼吸です。
そのときの呼吸の特徴は「深く、長く、細く、均一」です。
「深く」は下腹部まで繋がった呼吸で、
「細く」は、呼吸の量が普通と較べると少なくなっています。
「長く」は、1回の呼吸にかかる時間が長くなります。
「均一」は、呼吸の時間がすべて均等です。

1.呼吸は、体の自然な動きですから、特に探そうと神経を使う必要はありません。誰でも呼吸に集中する事ができます。
2.落ち着いている時の呼吸ですから、柔らかい感覚です。集中すればするほど、落ち着いてきて、呼吸はもっと柔らかくなり、そうすると気持ちがもっと落ち着いてきて、雑念等がさらに減り、良い循環になります。
3.呼吸の感覚は幾つかありますが、集中するともっと繊細で微妙な感覚がでてきます。  

その感覚の過程は、A.呼吸をする時,体は自然に動いています。→B.鼻と喉を通して空気が流れています。→C.呼吸とあわせて体内の気(エネルギー)も動いています。
ABCの三つの感覚では、Aが1番集中し易い感覚で、Bは微妙な感覚に入っていく事ができ、Cは繊細で微妙です。呼吸に集中するという事は、Aから段々Cに行く事によって、深い瞑想に入っていくのです。

そういう特徴があるので、呼吸に集中する事から瞑想する事は、優れていると長く評価されているのです。

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24.意随気行

意識を一箇所(殆どの場合は体の特定の部分)に集中させる事を「意守」といいます。「意守」を続けていくと、体内の気が動き出します。このリラックスした状態で、自然に体内の気が流れ出ている事を「気行」といい、その流れている気を続けて見守って集中することを「意随」といいます。
「意随気行」は先ず体内に気が流れ、意念をその気の流れに沿って一緒に動かします。
「意領気行」は先ず意念を先に動かし、気はその動きによって感じられるようになります。この概念は「意随気行」と反対です。

「意随気行」は理論的には分りやすいのですが、実際に練習すると難しい点があります。それはやっと意識と気持が静かになり、安定した事で気が出てきたのに、その気の動きの刺激によって、すぐ意識と気持が影響を受けて、乱れる可能性があるからです。この事を乗り越えるためには、「気動」の正しい認識を持つ事と、意識と気持ちを安定させる為の練習を続ける事です。練習を続けていけば、気の流れが分かって、それに意識を集中させても気持に影響はありません。気の流れについて動く意念の「意」は、安定した良い気持のもとで、緊張感がない緩んだ顕在意識です。

意念はエネルギーです。流れる気に意識を集中していくと、気の感じが更に強くなります。その気の感じは粘りがあり、ゼリーを動かすような感じです。昔の修行者達はそれ位濃い気の感覚がないと、気はまだ流れていないと思っていました。小周天でいうと、意識を廻しても気の感覚がそこまで濃くならない状態を「空転水車」といいます。水車を廻しても水は運ばれていないという意味です。

「意随気行」ができるようになったら、更に深い瞑想ができるようになります。この「気行」は体の自然な要求に応じて動きだした気で、それについて意念が動くと、気は更に強くなります。その結果、より健康に効果的です。

(会報37号 2006/6月号より抜粋)

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23.瞑想時の呼吸

1.呼吸と気持ち
呼吸は、心臓と肺臓の筋、筋肉の動きによって行っています。
人間は危険に遭遇したり、緊張感があれば、心臓と肺臓が早く動きます。それは昔の防衛反応の残りです。
大昔は注意していないと、別の動物に攻撃を受ける可能性がありました。危険を察知すれば、早く逃げないと生き残れません。心臓と肺臓が早く動くと、エネルギーが血流を通して手足の末端に届き、逃げる、或いは防衛する状態になれます。現代ではそれほどの危険はありませんが、生理的に昔の現象が残っていて、緊張感や不安があると、心臓、肺臓が速く動いて、呼吸も早くなり、乱れてきます。
逆に呼吸を整えると、心臓、肺臓の動きが落ち着いて、気持ちも落ち着いてきます。
ですから、呼吸と気持ちは非常に繋がっています。

瞑想すると、呼吸を通して、気持ちを落ち着つかせる事ができます。
普段、呼吸している時、横隔膜が上下に動く幅は3cm程ですが、深い瞑想をすれば9cm程になります。これは内臓のマッサージ効果や、自律神経を整えるという効果があるだけではありません。横隔膜の上下運動は、みぞおち(「感情が最初に集まるところ」)がゆっくり上下するので、感情のマッサージという効果もあります。

2.呼吸と感覚
昔の修行者達は呼吸を4種類に分けていました。これらは「風、喘、気、息」です。
「風」とは呼吸する時に呼吸の音が聞こえるほど、激しい呼吸の事をいいます。
「喘」は呼吸する時に音はありませんが、喉に少しひっかかるような、息が少し通りにくいような呼吸の状態の事をいいます。
「気」は普通の呼吸の事です。
「「息」は瞑想している時の呼吸の事です。

では「息」について詳しく説明しましょう。「息」には二つの意味があります。
瞑想している時の①呼吸の状態と、②呼吸と繋がっている気の感覚です。
①呼吸の状態
瞑想している時の呼吸は普段よりも、「深く、細く、長く、均一に」なっています。
「深く」とは腹部まで呼吸している事です。普段は、喉や胸が呼吸と連動して動いていますが(胸式呼吸)、瞑想している時の呼吸は自然に腹部(「臍の下三寸」)と連動しています(腹式呼吸)。
「細く」は、呼吸の量が普通と較べると少なくなっています。瞑想している時、使う酸素は普段と較べるとかなり少なくなりますが、より有効的に使っています。
「長く」は、一回の呼吸にかかる時間が長くなります。
「均一」は、呼吸の時間がすべて均等です。
以上の四つの特徴は静かで、安定している時に現れる特徴です。
練習すればするほど、その「深、均、細、長」という感覚が現れます。

②呼吸と繋がっている気の感覚
瞑想状態になっている時、呼吸している感覚は持ちながら、体内に意識を集中すると、体内の気が呼吸と連動している感覚が分かります。たとえば、下腹部に集中していくと、下腹部が呼吸しているような感覚がでてきます。
どこか悪い部分があれば、そこに意識を集中していくと、その患部が呼吸と連動して、気が動いている感覚があります。皮膚に集中すると、皮膚が呼吸している感覚がでてきます。呼吸する時、喉から下腹部まで気が流れると想像すると、そのような感覚が出てきます。
道教系の小周天の場合は、呼吸と合わせて、体内の気が任脈、督脈に沿って流れている感覚が出てきます。
要するに、どこかに「意守」すれば、そこの気が呼吸と連動して動いているような感覚がでてきます。それで「胎息」「体息」などの感覚がでてきます。

瞑想と呼吸の概要を説明しましたが、練習すればもっと分かりやすいので、是非、練習してみてください。

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22.健康の為に良い気持ちに集中しましょう

気功態になると様々な感覚が浮かんできます。
いろいろな気の感覚や、直感が強くなるという感覚、気持ちが良くなるという感覚もあります。
夢うつつの状態になると、空中浮遊のような感覚になって、虚の世界に入っていると言う感じもあります。
どこかの感覚に意識を集中していくと、その感覚が強化され、拡大化されます。
そこからさまざまな分かれ道があります。
気の感覚だけに集中すると外気功や気功師の道になります。
直感に意識を強く持っていくと、超能力者や占い師になるでしょう。
虚の世界に意識を集中すれば、宗教の世界に入るかも知れません。
そして気功態になる時の虚の感覚と、気功を練習していない時の現実の感覚をうまく切り替えないと、精神が乱れます。

良い気持ちに集中するといっても、道家系と仏教系気功では微妙な差があります。
景色に例えれば黄山のような山頂に登って、雲海、霧に囲まれると、仙人のような良い気持ちになりますね。
それは道家系気功の強調する良い気持ちです。
また、月夜に森林の中、池のそばを散歩すれば、とてもほっとする、落ち着くような気持ちが自然に浮かんできます。これは仏教系気功を練習する時に強調される良い気持ちです。
仙人のような良い気持ちと、ほっとするような落ちつく気持ちは、少し異なりますが、両方とも健康にとっては良い気持です。
それらの気持ちを昔は「大薬(体に大変良い)」といいました。
両方の気持ちは無関係ということでなく、混ざっていて、紙1枚の裏表の関係であり、かなりの段階までは混ざって繋がっています。

道家系気功と仏教系気功のどちらかが良いという事ではなく、歴史と文化の由来が異なり、気功に微妙な違いがあるという事です。一般の私たちは健康になる為に気功を練習するので、伝統的に信頼できる道家や、仏教系気功の練習を続けていけば、必ず良い気持ちを身につける事ができ、健康になります。

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21.心を落ち着かせる事

本当の気功なら、心を落ち着かせる事を強調しています。      
何故ならば気持ちは意念、気、そして体と密接に繋がっているからです。      
気持ちが不安定だと、気が乱れて、良い気でも悪い気になって、ストレスがたまり病気になります。逆に気持ちが安定していると、気が脈を通して全身に流れ、健康になります。
    
以上の事は皆さん充分に分かっている事と思いますが、実際に気持ちを安定させる事は容易ではありません。自分の気持ちを観れば観るほど、人間の気持ちが如何に敏感であるかが分かるようになります。というのは、気持ちは六感の刺激により動いているからです。      
六感を通しての刺激には気持ちを落ち着かせる刺激もありますが、逆に気持ちを乱す刺激もたくさんあります。社会の現代化が進むとともに、人間は忙しくなり、緊張感を抱えるようになりました。忙しくなると緊張しやすくなり、気持ちにゆとりがなくなります。それが体に一番良くない事です。気功の練習をする人間は、練習していない時でも自分の気持ちを常に見守っていて、なるべく良くない刺激を遮断して、同時に良い刺激を探して、その刺激を受け止めるようにします。
   
世の中には良い刺激はたくさんあります。青空、紺碧の海、瑞々しい植物、ソフトな音楽、笑顔、いい本、落ち着かせる環境、等々、探せばまだたくさんあります。気功の練習というのは常に刺激を区別して、気持ちを乱す刺激を遮断して、落ち着かせる刺激は受け止めます。
   
ここでもう少し強調したいことは、人間は無意識にいろいろな刺激を受けています。
気功を練習すればするほど、無意識の中の刺激が如何にたくさんあるかという事が分かってきます。せっかく一生懸命練習して良い感覚があったのに、無意識の中に、悪い刺激を受けて、又、気が乱れるケースが結構多くあります。ですので、練習して気が活性化し、その状態を維持するためには、無意識の中の悪い刺激を遮断しなくてはなりません。無意識の中のいろいろな刺激とはどういう感覚でしょう。
自分の気持ちを観る事を通して、体験してみましょう。

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